これは饅頭(マンドゥー)好きの仲間たちが野球等を通して、飛躍するお話。(TEAM小関野球倶楽部公式ブログ)


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2006年、小関竜也外野手を総括する

我らTEAM小関野球倶楽部の名は当たり前ですが小関竜也外野手からきている。私は小関選手が1軍定着し、新人王を獲得した年、すなわち1998年のオープン戦から彼を観ている。
昨年、2005年の11月30日に衝撃が走った。私のスポーツ界を揺るがす大事件である。琴欧州の大関昇進?そんな放送よりも、小関竜也が西武を自由契約になったことが重要にも関わらず大関昇進のニュースばかり報道するスポーツ番組。

あれからちょうど1年経過したので今回は2006年シーズンの小関選手の総括をしたいと思います。小関選手は今年から西武ライオンズから紆余曲折あって巨人でプレーすることになりました。昨年、西武を選手会長にも関わらずに自由契約になってしまった小関。西武のフロントと現場がうまく機能していなかったことを世間に露呈し、『特ダネ』の小倉さんも激怒。そんな中で小関はメジャー挑戦を掲げていた。小関は新人王、ベストナインといった実績はあるものの、ここ数年は怪我など不振が続いたため、なかなか移籍先が決まらなかった。しかし、2月に米でテストを受け、守備と送球の上手さを買われてミルウォーキー・ブリュワーズとマイナー契約を結ぶこととなり、俺はミルウォーキーへ小関観戦ツアーの下準備していた。しかし、マイナーには日本プロ野球同様の外人枠があったため、契約白紙となるという残念な結果となる。

4月、球春到来にも関わらず、小関は移籍先もなく万里でらーめん修行をするのかと思いきや、ヨシノブ、亀井の離脱で外野手補強の意味合いを兼ねて、巨人が小関をテスト入団させた。大嫌いな巨人への入団だったので何とも言えない複雑な気持ちだったが小関は応援しようと思った。
5月、小関は1軍に上がる。最初は大活躍を魅せ、巨人のレギュラーを獲得していた。巨人前監督の堀内曰く「今までの巨人軍にはいないタイプのいやらしい巧打者」と太鼓判を押すほどだった。インボイスの凱旋試合では巨人側だけでなく西武側からも大声援を得ながらプレーする小関の姿は私を感涙させてしてしまうほであった。
6月に入ると李の本塁打の際にベースを踏み忘れるという大失態を犯し、それ以降、スタメンから外れることが多くなってしまった。しかしVTRを見ると、あれはベースを踏んでいるように見える。今江と西本審判員は何を根拠に絶対に空過していた、といえたのか甚だ疑問である。西本審判員と今江は直ちに全国の小関ファンの御宅に土下座しに行くべきだ。
7月には2軍へ落ち、再び1軍にもどったのはシーズンの最後であった…夏場に強い小関を起用しないのは何故なんだ?
昨年よりも成績はよかったが小関の実力しては全然物足りないシーズンでした。

巨人軍の外野陣で小関は充分にレギュラーでやれたと思う。原監督は就任前から実力主義で采配すると言っておきながら、絶不調の清水、ヨシノブを起用し続けた。ヨシノブに至っては怪我以後、何故1軍に居座り続けていることに理解に苦しみました。さらには、育成も兼ねているとは思うが1軍では全く打てない亀井もしつこく出す、後半戦では俊足だが率を残せない鈴木を2番で起用したりと生え抜きばかり使う、仁志も監督との対立で起用されないなど、実力ではなく猟官的な采配が目立ったように思う。小関はこんな球団にいては根も実力も腐ってしまうので即刻、おさらばした方がよいと思います。巨人は谷とか獲るし、意味わからんことばかりやっているし。もう西武に戻ってきておくれ。せめての救いは鬼軍曹・伊原が入閣したことくらい。小関の全盛は伊原政権の頃で小関をかなり買ってましたからね。つなぐ役の2番打者にも関わらず、長打を打ちまくってた。本塁打は少ないが2塁打はリーグ2位など抜群の活躍を魅せ、2002年シーズンは小関と張の活躍がなければ優勝できなかったと言っても過言ではない。来年こそはあの頃のような活躍をする小関の復活を望む。
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by banri31gogo | 2006-11-30 22:27 | 小関竜也